こんばんは、おにぎり成です。
今日でレベル30になりました。
年々、誕生日に興味がなくなる。と口では言いながらも、やはり人から祝ってもらえることは嬉しく感じる。今朝は父から誕生日プレゼントをもらった。
サンダルだ!やったぜ!ありがたく履こう。
今日でこの世に誕生して30年か。これまで色々あったなあ…としみじみ感じてしまう。私の祖父母は60歳ちょい、母は54歳でこの世を去ったので、そう考えると人生の半分を終えたことになる。30年後はどんな自分になっているのだろう。もしかしたらこの世にいないかもしれないけど、30年後のことを考えて日々大切に生きていこう。
人生おそらく折り返し地点に達した私だったが、表面上は何事もなく、いつも通り仕事をしていたわけである。
職場の仲が良い子が「誕生日おめでとう」と言ってくれて、良い子だな~と思った。スルーすることもできたはずなのに、こうしてわざわざ「おめでとう」と言ってくれる。私は彼女に「おめでとう」と言えていただろうか。ちょっと記憶にないので、来年は必ず言おう。
毎年毎年、この日は母に誕生日を忘れられていたことを思い出して、なんとなく心が重い。私はいまもあなたに呪いをかけられているんだよ。と母を恨み、そして産んでくれたことに感謝もする。誕生日は色々な感情がごちゃごちゃになって一日中モヤモヤしてしまう。
誰に忘れられていたっていいじゃないか。父が祝ってくれる。友だちがおめでとうと言ってくれる。私が私を覚えている。
そんな風に自分を鼓舞して帰路に着く。
今日は兄夫婦が家に泊まる日なのだ。兄夫婦は明日、父と一緒に釣りに行くらしい。早朝に家を出るので実家に泊まることにしたというわけだ。
家に着くと父と兄夫婦がピザを前に私の帰宅を待っていた。私は「私待ち!?」と言いながら買ってきた納豆を冷蔵庫に入れると、冷蔵庫にケーキの箱が入っているのを目撃してしまった。
今日はいつもとちがう!という違和感を察した私は急いで着替えて化粧を落としていると、先ほどまで照明のついていたリビングが真っ暗になっていたことに気付いた。
父に「早く!」と急かされて、リビングのドアを開くと「ハッピーバースデー♪」というメロディーが流れ、目の前にはホールケーキにろうそくの火が灯されていた。
私は心から感動した。こんな風に祝われたのは何年振りだろうか。全く記憶にないほど久しぶりだし、家族全員で誰かの誕生日を祝うなんてことも記憶にない。
写真を撮っていると蝋が溶け始めてきたので、私は慌てて火を消した。ホールケーキは兄が用意したものらしい。兄は「高かったわ~」と、ぼやいていたが、それが照れ隠しだということが伝わってきた。
兄嫁が「(兄が)電話で注文してくれたんだけど、お店の人に「メッセージプレートはなんて書くか」って聞かれたときだけ恥ずかしくなって、(兄嫁に)電話を変わってくれって言ってきたんだよ。かわいいよね」と言っていた。兄は私が思っていた以上に照れ屋らしい。
その後は父と兄夫婦は明日の釣り話をしながらピザを食べてケーキを食べた。兄嫁が4つに切ったケーキのフルーツを気にしてくれて「成ちゃん、メロン食べる?りんごは?」と気にしてくれた。優しい。
私は「大丈夫だよ、ありがとう」と言って食べようとすると、兄が自分のケーキに乗っているりんごを私のケーキに乗せて、父もメロンを乗せてくれた。
しかしその後ふたりして「ケーキ高かったわ~」「ピザ高かったわ~」と、ぼやいていた。父と兄は誕生日が一日違いで血液型も一緒なので、性格が瓜二つなのだ。照れ隠しの仕方も全く一緒である。
ケーキを食べ終えた私は「マリカーをしよう」とみんなを誘ったが、コントロールの充電で出来ておらず、兄とふたりで勝負をすることになった。
兄は「つかれた」と言って一回しか勝負をしてくれなかったので、父と兄嫁と勝負しようとしたが、ふたりとも疲れていたらしく相手にしてくれなかった。父は「あなたの誕生日はもう終わったの!おしまい!」と言ってマリカーを強制終了してきた。いつまでも子どものままではいられないってことね…。
こんなに盛大に祝ってもらったのは30歳という節目だからだろう。きっと来年からは今まで通りの誕生日だ。それでも私は今日という日を忘れないだろう。一生続く温かい思い出だ。
私は今までなにを拗ねていたのだろうか。母はもういないし、あの出来事はもう終わったことだ。呪いは溶けて目が覚めた。私はいまを生きている。
友だちからも幼なじみからも祝ってもらって、私はもっともっと周りの人たちを大切にしよう。その人たちが産まれた日を大切にしよう。そう誓った。
感謝で溢れた誕生日だった。
ではまた。